コード進行にドラマと動きを!クリシェ(半音階的な声部進行)の実践ガイド
音楽理論を学ぶ目的は、良い音楽を作り、より豊かな表現で演奏することだと思います。コード進行に少し変化を加えたい、いつもの響きに飽きてしまった、そんな時にすぐに試せる実践的なテクニックがあります。それが「クリシェ」と呼ばれるものです。
この記事では、クリシェがどのようなものか、なぜ効果的なのかを分かりやすく解説し、代表的なクリシェの例とその実践的な活用方法をご紹介します。
クリシェとは?
音楽における「クリシェ(Cliché)」とは、特定のコード進行の中で、ある一つの声部(パート)が半音ずつ順に動いていくことで生まれる効果的な響きのことです。特に、同じコードが続いたり、シンプルなコード進行の中に短い半音階的な動きが加わることで、耳に心地よい流れやドラマチックなニュアンスが生まれます。
「声部(せいぶ)」というのは、コードを構成するそれぞれの音(ルート、3度、5度など)や、メロディー、ベースラインといった各パートのことです。クリシェでは、この声部のうちどれか一つが、半音ずつ上がったり下がったりします。
なぜこの半音の動きが効果的なのでしょうか?それは、私たちの耳にとって半音のつながりが非常に滑らかで、次にくる音への期待感や解決感を生み出しやすいからです。
代表的なクリシェの例と実践
クリシェにはいくつか代表的なパターンがありますが、ここでは特に耳にする機会の多いものと、それをどのように作曲や演奏に活かすかを見ていきましょう。
例1:ベースラインの半音下降クリシェ(パッヘルベルのカノンなど)
これは、コードのルート音が順に半音ずつ下がっていく代表的なパターンです。
- コード進行例: D - A/C# - Bm - F#/A# ...
- ここで注目していただきたいのは、ベースの音です。
- Dのコードではベースはレ(D)。
- A/C#(エー・オン・シーシャープ)では、ベースはド#(C#)。
- Bmのコードではベースはシ(B)。
- F#/A#(エフシャープ・オン・エーシャープ)では、ベースはラ#(A#)。
ベースラインが D → C# → B → A# と半音ずつ下降していますね。この動きが、コードが変わっていく流れに安定感と美しさを与えています。パッヘルベルのカノンはこのベースラインのクリシェを使った最も有名な例の一つです。
- 実践への活かし方:
- 作曲: いつも使っているコード進行で、ルート音が全音や長3度で動いている箇所を、間にオンコードなどを挟んで半音でつなげられないか考えてみましょう。特に下降するラインは自然で美しい響きになりやすいです。
- 演奏: バンドでの演奏であれば、ベーシストにこの半音下降ラインを弾いてもらうことで、いつものコード進行がぐっと洗練されます。ギターやピアノの弾き語りでも、自分でベース音を意識して弾くことでこの効果が得られます。DAWであれば、ベースパートのMIDIノートをこの通りに打ち込むだけです。
例2:マイナーコードの内部クリシェ(「アメノウタ」系)
これは、特定のマイナーコードの中で、コードを構成する音が半音ずつ動くパターンです。悲しい曲や切ない曲で非常によく使われます。
- コード進行例: Am - AmM7 - Am7 - Am6
- それぞれのコードの構成音を見てみましょう(ルート音をAとした場合)。
- Am: ラ(A) - ド(C) - ミ(E)
- AmM7: ラ(A) - ド(C) - ソ#(G#) - ミ(E) (メジャーセブンスの音G#が加わる)
- Am7: ラ(A) - ド(C) - ソ(G) - ミ(E) (セブンスの音Gが加わる)
- Am6: ラ(A) - ド(C) - ファ#(F#) - ミ(E) (シックスの音F#が加わる)
この進行では、コードの構成音のうちミ(E)以外の音が動いていますね。特に、ルート音(A)と3度音(C)は共通していますが、セブンスやシックスにあたる音が E → G# → G → F# と動いている、と考えることもできます。
よりシンプルに声部の動きとして捉えるならば、例えばトップノート(一番高い音)が E → G# → G → F# と動くようにボイシング(コードの音の並べ方)を工夫したり、あるいは内声(真ん中の音)がこの動きを担ったりします。最も特徴的なのは、G# → G → F# という半音下降のラインが聞こえることです。
- 実践への活かし方:
- 作曲: マイナーコードが長く続く部分や、曲の終盤で余韻を残したい時などに、この Am - AmM7 - Am7 - Am6 のパターンを試してみてください。悲哀感や切なさが増し、メロディーも乗せやすくなります。
- 演奏: ピアノやギターでは、コードを押さえる際にこの G# - G - F# の音が含まれるようにボイシングを工夫します。例えば、Amをローコードで押さえ、次にAmM7は人差し指を離してG#を加え、Am7はさらにGを加え、Am6はF#を加える、といった具体的な運指で練習すると良いでしょう。DAWでは、各コードのMIDIノートを打ち込む際に、この半音で下降していくラインを意識して配置します。
クリシェを活用するヒント
- 既存のコード進行に加える: いつものコード進行に、上で紹介したようなクリシェのパターンを当てはめられないか探してみましょう。特にマイナーコードや、コードチェンジの間の繋ぎで効果的です。
- メロディーやアレンジとの連携: クリシェの動きをメロディーに取り入れたり、特定の楽器(ストリングスやピアノの上声部など)にその動きを演奏させたりすることで、より効果を高めることができます。
- ベースラインに注目: クリシェの多くはベースラインの動きが重要になります。良いベースラインは曲の印象を大きく変えるので、ベースラインの半音進行を意識してみましょう。
まとめ
クリシェは、特定の声部が半音で動くことで、コード進行にスムーズさやドラマチックな表情を与える強力なテクニックです。
- ベースラインの半音下降クリシェは、曲に安定感と美しい流れを生みます。
- マイナーコードの内部クリシェ(Am - AmM7 - Am7 - Am6 など)は、切なさや悲哀感を効果的に表現できます。
これらのクリシェは、複雑な理論を知らなくても、コード進行のパターンを覚えるだけで作曲や演奏にすぐに取り入れることができます。ぜひ、あなたの音楽にクリシェの響きを加えて、表現の幅を広げてみてください。いつものコード進行が、きっと新鮮に響くはずです。