曲に豊かな響きを!借用和音(モダルインターチェンジ)の実践活用法
はじめに
音楽理論を学び始め、「ダイアトニックコード」を使ってコード進行を作ることに慣れてきたころ、「なんだかいつも同じような響きになるな…」と感じることはありませんか? ダイアトニックコードは音楽の基本となる安定した響きを生み出しますが、それだけでは表現に限界を感じることもあります。
そこで活用したいのが「借用和音(しゃくようわおん)」です。借用和音を使うと、いつものコード進行に少し意外性や深みが加わり、音楽の表現力がぐっと豊かになります。この記事では、借用和音の基本的な考え方と、作曲や演奏にすぐに役立つ実践的な使い方を分かりやすく解説します。
借用和音とは?
借用和音とは、あるキー(調)で曲を作っているときに、そのキーとは別のキー(主に同主調)からコードを借りてきて使う和音のことを指します。
例えば、ハ長調(Cメジャーキー)の曲を作っているとします。通常使うコードはCメジャーキーのダイアトニックコード(C、Dm、Em、F、G、Am、Bm7(♭5))ですが、ここに「同主調」であるハ短調(Cマイナーキー)のコードを少しだけ「借りてきて」使うのが借用和音です。
なぜ同主調から借りることが多いのでしょうか? それは、同主調は根音(コードの基準となる音)が同じだからです。CメジャーもCマイナーも、どちらも「ド(C)」の音が中心です。中心となる音は同じなのに、使われる音階の構成音が少し違うため、そこから生まれるコードの響きも異なります。この「少し違う」響きを、元のキーに混ぜることで、独特の色彩やニュアンスを生み出すことができるのです。
借用和音は「モダルインターチェンジ」と呼ばれることもあります。これは「モード(旋法)を交換する」という意味合いで、長音階というモードの中で、同主短音階という別のモードからコードを借りてくる、という理論的な背景に基づいています。しかし、最初は難しく考えず、「同主短調からコードを借りてきて、曲に彩りを加える技法」と理解すれば十分です。
よく使われる借用和音(長調の場合)
長調の曲でよく使われる借用和音は、主に同主短調(平行調ではありません)から借りてくるコードです。いくつか代表的なものを見てみましょう。(例はハ長調Cメジャーキーで考えます。借用和音は太字で示します。)
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IVm (サブドミナントマイナー)
- ハ長調のダイアトニックコードのIVはFメジャー(F-A-C)です。
- ハ短調のダイアトニックコードのIVはFマイナー(F-A♭-C)です。
- このFマイナーコードをハ長調の中で使います。
- 響き: Fメジャーが持つ明るく安定した響きに対し、Fマイナーは少し切なく、憂鬱な響きを持ちます。特に、FmからC(I)へ進む進行(例: C - Fm - C)は定番で、懐かしい、あるいはドラマチックな雰囲気を出すのによく使われます。
- コード例:
C | G | Am | **Fm** | C
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IIm7(♭5) (マイナーセブンフラットファイブ)
- ハ長調のダイアトニックコードのIImはDm7(D-F-A-C)です。
- ハ短調のダイアトニックコードのIImはDm7(♭5)(D-F-A♭-C)です。これは「ハーフディミニッシュセブン」とも呼ばれます。
- このDm7(♭5)コードをハ長調の中で使います。
- 響き: Dm7は比較的穏やかな響きですが、Dm7(♭5)はより不安定で、次に解決を求めるような、少しジャジーで浮遊感のある響きを持ちます。V7コード(G7など)へスムーズに繋がることが多く、進行にスムーズな流れを生み出します。(例: Dm7(♭5) - G7 - C)
- コード例:
Am | **Dm7(♭5)** | G7 | C
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♭VI (フラットシックス)
- ハ長調のダイアトニックコードのVIはAm(A-C-E)です。
- ハ短調のダイアトニックコードのVIはA♭メジャー(A♭-C-E♭)です。
- このA♭メジャーコードをハ長調の中で使います。
- 響き: 長調の明るさの中に突然現れるこのコードは、非常に印象的で、ドラマチックな変化や驚きを生み出します。特にIコード(C)やV7コード(G7)へ繋がることが多く、強い解決感や意外な展開を演出できます。(例: C - A♭ - G)
- コード例:
C | **A♭** | G | C
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♭VII (フラットセブン)
- ハ長調のダイアトニックコードのVIIはBm7(♭5)です。
- ハ短調のダイアトニックコードのVIIはB♭メジャー(B♭-D-F)です。
- このB♭メジャーコードをハ長調の中で使います。
- 響き: ポップスやロックで非常によく使われる借用和音です。Iコード(C)の全音下(ドの全音下のシ♭)にあるため、Iへ進むときに力強いプッシュ感が生まれます。(例: C - F - B♭ - F - C)また、IVコード(F)からV7コード(G7)へ進む間に挟むと、少しブルージーな雰囲気も出せます。(例: F - B♭ - G7 - C)
- コード例:
C | Am | F | **B♭** | C
これらの他にも、同主短調からはIIm7(♭5)だけでなく、IIm(Dm)やIVm(Fm)の代わりに、属七コードの♭II7(ナポリの六度)や、短七度のVm7なども借用和音として使うことがあります。ただし、まずは上記のIVm, IIm7(♭5), ♭VI, ♭VIIから試してみるのがおすすめです。
借用和音の実践的な使い方
借用和音は、既存のコード進行の一部を置き換えたり、新しいコードを挿入したりして使います。
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既存の進行に混ぜてみる: よく使うダイアトニックコードだけの進行を書き出してみましょう。例えば、C - Am - F - G という進行です。この進行のどこかのコードを、同じ機能(トニック、サブドミナント、ドミナント)を持つ借用和音や、響きの変化を狙って別の借用和音に置き換えてみます。
- 例: C - Am - F - G
- F(サブドミナント)をFm(サブドミナントマイナー)に置き換え:
C | Am | **Fm** | G
→ 切ない感じに。 - Am(トニックの代理)の後、Gへ向かう前にIIm7(♭5)を挟む:
C | Am | **Dm7(♭5)** | G | C
→ ジャジーな雰囲気とスムーズな流れに。 - G(ドミナント)へ向かう前に♭VIを挟む:
C | Am | F | **A♭** | G | C
→ ドラマチックな展開に。
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メロディーへの示唆: 借用和音を使うと、そのコードに含まれる音が元のキーの音階にはない音(非ダイアトニックノート)になることがあります。例えば、CメジャーキーでFmを使うと、コードの中にA♭(ラ♭)の音が含まれます。元のCメジャーにはA(ラ)の音しかありません。 メロディーを作る際、借用和音の上では、そのコードに含まれる音を使うと自然になじみます。Fmの上でメロディーを作るなら、A♭の音を使ってみることで、借用和音の持つ独特の響きをメロディーにも反映させることができます。これはメロディーラインに新しい色を加えるヒントになります。
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楽器やDAWでの実践: 楽譜を見ながら、あるいは鍵盤やギターで、元のダイアトニックコードの響きと、借用和音を使ったコードの響きを実際に弾き比べてみましょう。DAWを使っている場合は、MIDIでコードを打ち込んで鳴らしてみるのが簡単です。 例えば、Cmaj7 - Fmaj7 - G7 - Cmaj7 という進行と、Cmaj7 - Fm7 - G7 - Cmaj7 の進行を聴き比べてみてください。IVm7の響きが全体の雰囲気をどう変えるか、耳で確かめることが最も大切です。
まとめ
借用和音は、ダイアトニックコードという安定した基盤の上に、少し違った角度からの色彩を加えることができる強力なツールです。特に同主短調からの借用は、長調の曲に切なさ、憂鬱さ、ドラマチックさ、あるいはジャジーな雰囲気を加えるのに非常に効果的です。
最初は難しく感じるかもしれませんが、まずは今回ご紹介したIVm、IIm7(♭5)、♭VI、♭VIIなどのコードを、知っているコード進行の一部に試しに置き換えてみてください。実際に音を出し、その響きの変化を耳で感じることが、理解への一番の近道です。
借用和音を効果的に使うことで、あなたの音楽表現はさらに広がり、聴く人を惹きつける豊かな響きを生み出すことができるでしょう。ぜひ、あなたの作曲や演奏に取り入れてみてください。